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神戸地方裁判所 平成9年(ヨ)74号 決定 1998年4月28日

債権者

福富隆行

債権者

水谷嵩

債権者

山下周志

債権者

竹志文男

債権者

加藤尚一

右債権者ら代理人弁護士

森博行

位田浩

奥村秀二

債務者

財団法人兵庫県プロパンガス保安協会

右代表者理事

北野久夫

右代理人弁護士

浜田行正

香月不二夫

川見公直

柴田美喜

主文

一  債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に確認する。

二  債務者は債権者らに対し、平成九年四月一日以降本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二〇日限り別紙平均賃金表記載の各金額の割合による金員を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一事案の概要

一  本件は、債権者らが、債務者が債権者らに対し、それぞれ平成九年二月二〇日付の文書で行った同年三月三一日をもって解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)は、債権者らの加入する組合と債務者との間で締結された事前協議約款に違反し、かつ債権者らの組合活動を嫌悪するが故に行った不当労働行為で無効であるとして、主文第一、二項と同旨の裁判を求めるのに対し、債務者が、本件解雇は債権者らが従事していた保安点検調査業務(以下「保安業務」という。)を廃止せざるをえない事情があったので、就業規則一二条五号に基づき行ったもので有効であるとして、これを争うものである。

二  前提となる事実

1  当事者

(一) 債務者は、プロパンガスによる災害事故防止のため、プロパンガスに関する安全教育の推進、保安の確保その他諸施策を実施して、社会公共の安全を図るとともに、県民の生活文化の向上を期することを目的として、昭和五二年三月三一日に設立許可を受けた公益財団法人であるが、昭和五四年四月一日の液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液石法」という。)改正により認定調査機関制度が導入されたのに伴い、昭和五五年四月二五日、兵庫県知事から認定調査機関としての認定を受け、兵庫県プロパンガス協会(以下「協会」という。)が昭和四九年四月一日に兵庫県下の法定点検調査を一本化するために、その代行機関として設けていた保安センターを承継し、以降ほぼ独占的に右保安センターの行ってきた保安業務を行ってきたものである(<証拠略>)。債務者の平成八年三月三一日現在における総資産額は約一一億八五〇〇万円、その組織は、肩書所在地に本部を置くほか、兵庫県下九か所に保安センター(支所)を設置し、本部職員八名、支所長九名、調査員八一名、事務員九名を擁するものであった(争いがない。)。

(二) 債権者らは、本件解雇当時、いずれも北摂阪神支所に勤務する調査員であり、債権者山下は平成三年一〇月に、同竹志は同年一二月に、同福富及び同水谷は平成四年一月に、同加藤は同年四月にそれぞれ同支所に入所した者であるが、後記三の2のとおり平成七年七月上旬、労働組合武庫川ユニオン(以下「組合」という。)に加入し(<証拠略>、審尋の全趣旨)、同月一〇日、労働組合武庫川ユニオン兵庫県プロパンガス保安協会分会(以下「分会」という。)を結成し、債権者福富が分会長に、同水谷が副分会長に、同山下が書記長にそれぞれ就任し、現在に至っている(争いがない)。

2  本件解雇

債務者は、債権者らに対し、平成九年二月二〇日付内容証明郵便で、いずれも同年三月三一日をもって解雇する旨の意思表示をした(争いがない。)。

三  本件解雇に至る経緯

1  平成七年六月、北摂阪神支所長井上雅弘(以下「井上支所長」という。)が同支所所属の調査員一〇名のうち二名を摂丹支所に配転することになる旨を発言したことに端を発し、債権者らと債務者との間に右配置転換に関して紛議(以下「配転問題」という。)が発生した(<証拠略>)。

2  債権者らは、採用の条件が採用地で働くことであったこと、就業規則(<証拠略>)にも配置転換に関する規定がないことなどから、自らの権利を擁護するために、平成七年七月上旬、組合に加入し、同月一〇日、右支所所属の調査員九名をもって分会を結成し、翌一一日その旨を債務者に通告するとともに、要求書と題する書面(<証拠略>)で基本的な組合活動を行うことを認めること及び配転問題については十分協議することを求めた(<証拠略>)。

3  組合は、債務者との間に、同月一三日、配転問題については一旦白紙撤回する、配置転換は組合に提案し十分協議して同意のうえ決定する、総務部池田課長及び井上支所長に組合潰しを目的とした言動のあったことを確認し、今後一切の不当労働行為を行わない、団体交渉を同月一八日に行うことなどを認めた確認書(<証拠略>)を取り交わすとともに、但馬支所及び姫路支所における分会結成に動き始めたが、債務者は右各支所職員に対し分会結成の自制を求める旨の発言をするなど、組合・分会の右活動を快く思っていなかった(<証拠略>)。

4  このような中で、組合は、平成七年一二月四日に行われた団体交渉において、宿日直につき時間外・休日・深夜手当ての支給、同年一二月の年末一時金査定の見直しなどを要求したところ、宿日直手当てについては労働基準監督署の許可を受けるまで凍結する、年末一時金支給の見直しについては従来支所長に委ねられていた実質査定を行わないとの一応の進展をみたほか、労働条件(賃金・休日休暇・諸手当・退職金・休職復職・退職・解雇・職場環境・福利厚生・出向配転)の変更については、事前に組合と協議する旨のいわゆる事前協議約款(以下「事前協議約款」という。)を含む基本協定を結ぶに至ったが、北摂阪神支所についてのみは宿日直が直ちに廃止された(<証拠略>)。

5  組合は、平成八年三月、同年度の春闘要求として、賃金改定(ベースアップ)、前記宿日直手当て(ママ)の支給、住宅・家族手当の支給を要求したが、宿日直手当て(ママ)の問題は一向に進展しなかったので、同年四月一〇日、右問題を労働基準法に違反するとして伊丹労働基準監督署に申告した。

右監督署は、同年六月二七日、債務者に対し、宿日直手当て(ママ)を支給するようにとの是正勧告を発したが、債務者は、同年七月二五日付で、宿日直手当て(ママ)は宿日直を行った全従業員に対して支払うべきであるが、それには約六〇〇〇万円の資金が必要であり、これを支払うと保安業務の継続実施に懸念が生じるので、七月中に組合・分会と再度協議する旨の是正報告をした。しかし、法定の基準による賃金全額の支払を求める組合との間で協議が調わず、結局、同月三〇日付で労働基準法に基づく計算式により宿日直手当て(ママ)を支払う、支払時期、条件については同年八月一二日に開催される理事会までに組合と協議する旨の是正報告をし、同月一三日、全従業員に対し総額約六〇〇〇万円の未払賃金を支払う旨の和解をした(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

6  ところで、その間の平成八年五月八日に行われた団体交渉では、債務者は、液石法の改正等を考慮に入れて、従来の調査業務だけではなく、一般消費家庭の消費設備の調査、供給設備に対する開発ガス器具の取付け・配管工事等業務内容の拡大を図るほか、業務の合理化により、適正人員をもって保安業務を存続させるようにできる限りの努力をする方向を打ち出していたが、同年六月七日に開催された新保安センター委員会(協会の総会及び債務者の理事会で右同日発足させた。)において、これ以上収支が悪化すれば債務者の清算もあり得るとの意見も出たこともあってか、同年七月二九日には一転して保安業務を廃止することに方向が変更された(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

7  債務者は、同年九月二四日、協会と共同で開催した正副会長、総務、新保安センター合同会議において、保安業務を廃止する旨の決議をし、同月二六日開催の支所長・職員代表者会議において、その旨を表明するとともに、保安業務廃止に至らざるを得なかった理由及びその経緯を説明した。

8  組合は、同年一〇月一日、右決議は事前協議約款に反するとして抗議するとともに団体交渉を申し入れたが、債務者は、保安業務の廃止は経営者の専権事項で事前協議事項には当たらないとして、翌二日、保安業務を廃止する旨を正式に表明した(<証拠略>)。

9  同年一〇月一五日に行われた団体交渉でも、保安業務の廃止を事前協議事項であるとする組合と経営者の専権事項で事前協議事項ではないとする債務者とは、それぞれの立場を固執したため、保安業務存廃の問題については平行線をたどったが、組合からの要求により雇用確保対策委員会を設置して調査員の雇用問題等について協議することが合意された。

しかしながら、右委員会を調査員等従業員の再就職・転職を斡旋するためのものであるとする債務者側と、あくまで債権者らを含めた調査員の債務者内における雇傭を確保するためのものであるとする債権者ら側との間で意見の食い違いがあったため、右委員会は結局設置されることはなかった(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

もっとも、同年一一月一五日に行われた団体交渉では、組合が保安業務の存続を強く要望していることを理事会に報告し、存続の方向で最大限の努力をする旨の覚書(<証拠略>)を交わすこともあったが、同年一二月一四日に行われた団体交渉では、組合及び債務者の双方が従来の立場を譲らなかったため、保安業務存廃の問題は暗礁に乗り上げた(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

10  しかし、債務者と組合は、平成九年一月一三日に行われた兵庫県労働委員会の斡旋により、保安業務の廃止が事前協議約款に違反するかどうかは別にして、保安業務廃止の必要性や従業員の再就職等について実質的な話合いをすることを合意した(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

11  右斡旋を請(ママ)けて、債務者及び組合は、同月二〇日及び三〇日並びに同年二月七日の三回にわたり団体交渉を行い、債務者から、保安業務廃止に至った経緯及び至らざるを得なかった理由並びにすでに従業員の再就職・転職の見込みが七〇パーセントに達していることなどが説明され、これを請(ママ)けて二回目の斡旋が同月一〇日に行われたが、組合はあくまでも保安業務の継続を主張したため、斡旋は不調に終わった(<証拠略>)。

12  同月一八日に行われた団体交渉でも、債権者らのみが最後まで保安業務の継続を主張し、債務者の説得に応じなかったので、債務者が同月二〇日付文書で本件解雇をした。

四  主たる争点

1  保安業務の廃止は事前協議約款にいう事前協議事項に当たるか。

当たるとして、事前協議約款違反が本件解雇を無効とするか。

2  保安業務の全面的廃止に合理性があるか。

3  保安業務の廃止は、債権者らの組合活動を嫌悪したが故に行われたものか。

第二当裁判所の判断

一  争点に対する判断

1  争点1について

前記第一の三で認定の事実によれば、債務者は、保安業務の廃止が本件解雇に直結することを認識していたことは明か(ママ)である上、解雇が事前協議事項であることは債務者も認めている(審尋の全趣旨)ことに照らすと、保安業務の廃止は事前協議約款に基づく事前協議事項であると解するのが相当である。

しかしながら、企業等がその合理化のために業務の一部又は全部を廃止することは原則として自由であると解すべきであることに照らすと、債務者が事前協議約款に違反して保安業務を廃止した一事をもって本件解雇が無効であるとはいえない。

そうすれば、本件解雇の効力は、結局、保安業務の廃止に合理性が認められるか否かによって決せられるというべきである。

2  争点2について

(一) 前記第一の三で認定の事実及び疎明によれば、債務者が保安業務を廃止した理由及び経緯として次の事実を認めることができる。

(1) 債務者は、液石法により一般家庭にLPガスを販売(供給)している販売事業者に義務付けられた二年に一回の割合による保安業務を、その実施認定機関として販売事業者の委託を受けて代行してきたが、本件解雇当時における代行の範囲は、兵庫県下における販売事業者数八七七業者のうちの八七五業者(消費者戸数六五万戸)に及ぶものでほぼ独占しており、その収入源は、保安業務によるものと右業務遂行時に発見して取り換える部品交換業務によるものを主とするほか、基本財産等の利息、普及指導事業によるもの、平成七年度からは従来兵庫県が実施していた指導保安検査(ガス製造施設の保安検査)業務によるもの(年間約一〇〇〇万円)とであった(<証拠略>)。

(2) 債権者らの従事してきた保安業務の平成元年度から同七年度までの収支は、別紙保安業務収支表記載のとおり、平成四年度を除いてすべて赤字決算で、年々悪化の傾向にあり、右傾向は平成八年度においても変わらず、約九〇〇〇万円の赤字決算が見込まれた。

そして、当時の体制を維持しながらこの状況を改善するには調査料の値上げ以外に適切な手段はなくなっており、その最大の原因は、保安業務内容の固定化・硬直化とこれに見合わない過大な人件費の負担とであった(<証拠略>)。

(3) その上、国の規制緩和政策の一環としての液石法の改正(平成八年三月三一日改正、同九年四月一日施行)に伴い、保安業務機関が従来の公益法人又は液化石油ガス販売事業者の参加する協同組合に限らず、会社や個人でも認定機関となりうること(認定保安機関制度の導入)から、債務者が独占的に行ってきた兵庫県下における保安業務を従来どおり行えるかどうかわからなくなってきたこと、従来二年に一回の割合で行われていた保安業務が四年に一回(経過措置として二年及び三年に一回、ガス漏れ自動停止・感震機能付メーターを取り付けるなどして販売事業者の認定を受けた者については一〇年に一回)の割合になること(点検調査周期の大幅延長)、仮に災害が発生した場合には、三〇分以内に事故現場に到着することが要求されるが、その対応措置を取ることが困難であること(緊急時対応措置の困難性)から、債務者において従来どおり販売事業者から保安業務の委託を受けることができなくなり、保安業務による収入の大幅な減収が予測されたほか、部品交換業務についても、その事務量は年々減少しており、その収入も、平成八年度においては、前年度の約七〇パーセントに落ち込むことが予測され(実際は六五パーセントの落込み)、この状態は将来とも改善の見込みが持てなく、その上、ガス漏れ警報機など機器のハイテク化・高度化に伴い、その業務は減少の一途をたどることから、部品交換業務による収入も減少すること、加えて公定歩合の引下げによる基本財産の利息収入も年々減少することが予測された(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(4) そこで、債務者は、平成八年六月七日及び同月一日に開催された新保安センター委員会並びに同月二九日に開催された正副会長・支部長合同会議において、保安業務の存廃につき検討したところ、保安業務を継続すれば、累積債務が拡大するのは必至であるとして保安業務を廃止するも止むを得ないとの結論に達したが、同年八月一二日に開催された理事会では、従来どおり債務者に保安業務を委託するかどうかにつき販売事業者の意向を尊重すべきであるとして、右委員会に右意向調査が命じられた(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(5) 新保安センター委員会は、協会に委託して、同年八月から九月にかけ全販売事業者を対象に従前どおり保安業務を委託して行うかどうかについてアンケート調査を実施したところ、債務者において従前どおり受託できる件数は、事業者において五四パーセント、各戸消費者において四六パーセントという結果が出た(<証拠略>)。

(6) また、調査料値上げの点についても、昭和六一年一〇月から通商産業省の指導により、全国のLPガス販売事業者が安全な機器を取り付けることにより自主保安に乗り出しており、そのため、消費家庭一戸当たり約二万円の経費負担及び液石法改正によるS型メーター(自動警報・制御付高性能メーター)の設置による保安費用の負担を余儀なくされており、これらの負担を消費者に転嫁できない事情にあったことから、兵庫県においては、これ以上調査料の値上げはできないという意見が業界内に出ていたこと、加えて、安全機器の普及による点検業務の簡素化から点検料の値下げが取り沙太されているという現状認識の下に、債務者においては、調査料の値上げはできないとの結論に達していた(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(7) 債務者は、以上のような事情のもとに今後の収支予測を行ったところ、従来の体制のままであると、平成一一年度における累積赤字は約一七億円に達することが試算された。そこで、仮に北摂阪神支所の人員を法定の五名(調査員四名、事務員一名)に整理し、三万五〇〇〇戸全部の消費家庭の保安業務を受託して行うことができることを前提に、その収支を検討したところ、それでも毎年約三〇〇万円を下らない欠損の生じることが判明した上、前記アンケート調査によれば、受託できる消費家庭の保安業務数は僅か二四〇〇戸にすぎなかったことから、法定人員を確保した上で北摂阪神支所を存続させることは到底できないとの結論に達し、平成八年九月二四日、最終的に保安業務を廃止することを決定した(<証拠略>)。

(二) 右(一)で認定の事実によれば、債務者は、早晩、保安業務を廃止せざるを得ない状況下に置かれていたと認めることができるが、他方、前記第一の三で認定の事実及び疎明によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 債務者が兵庫県下における保安業務をほぼ独占的に行えるようになったのは、協会が設立運用してきた保安センター業務を、協会による保安教育・啓蒙指導とともに二人三脚で行ってきたこと、及び全県下同一基準による調査、統一した指導、同一方針の消費者啓蒙、協会との一体的活動、自然災害・大型事故への迅速対応、効果的な人事交流、人材登用、高能率の調査活動、調査計画の樹立等を指針とした経営努力により業務の拡大を図ってきたからである(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(2) 保安業務の平成元年度から同七年度までの収支は、前記第二の一2(一)(2)で認定したとおり、平成四年度を除いてすべて赤字決算であるが、債務者の経営は、保安業務のみで成り立っているものではないので、その収支は保安業務以外の収支をも含めた全体として考察するのが相当であるところ、平成元年度から同七年度までの右全体の収支は、平成二年度、同四年度、同六年度において黒字決算であり、赤字決算であった平成元年度、同三年度、同七年度においても前期繰越金により次期繰越金を計上しており、必ずしも赤字体質といえるものではなかった(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

もっとも、平成八年度は次期繰越金に約二九八〇万円の欠損を計上している(<証拠略>)が、これは、同年八月に宿日直手当て(ママ)として約六〇〇〇万円及び調査員一〇一名の退職金約四億二〇〇〇万円の支出を余儀なくされたことにより当年度の総支出額が前年度の総支出額を大幅に上回ったこと、及び平成九年に入り、保安業務全廃の煽り(保安業務の優先処理による部品交換業務の収入減、調査員の有給休暇の消化)を受けてその収入が減少したことによる(<証拠略>、審尋の全趣旨)もので、この一事で、債務者が赤字体質であったということはできない。

(3) 液石法の改正により導入された認定保安機関制度は、委託を受けて保安業務を行えるものを従来の公益法人又は協同組合に限らず、会社や個人にも拡大したもので、販売事業者が自ら保安業務を行う場合には従来から資格に制限はなかったものであり(<証拠略>)、また、点検調査周期の大幅延長については、改正法自体がその経過措置を講じており、緊急時対応措置の困難性の点についても、右(二)(1)で認定した債務者の経営指針(自然災害・大型事故への迅速対応)に照らせば、債務者の現体制で十分対処することができること、これらに当時の債務者は自らの経営努力により兵庫県下の保安業務をほぼ独占的に行いうる状況下にあったことを勘案すれば、液石法の改正が、直ちに保安業務の受託数を減少させ、保安業務及び部品交換業務による収入の大幅な減少につながると即断することはできない。

(4) 前記第一の三6、7、右(一)(4)、(5)及び(二)(2)、(3)で認定の各事実に審尋の全趣旨を勘案すれば、債務者が協会に委託して実施したアンケート調査は、保安業務を廃止する意向をほぼ固めた上で実施したもので、調査結果により保安業務の存廃が決定されるような性質のものではなかったと解され、これによれば、右調査結果が保安業務の廃止を決定付ける要因になったとはいえない。

(5) 組合は平成九年一月末に販売事業者を対象に調査料値上げ等に関するアンケート調査を行ったところ、回答者数が八三事業者とあまりにも少なく資料的価値は低いが、それでも、そのうち値上げに応ずるとしたものが五六パーセント存在したことが認められ(<証拠略>、審尋の全趣旨)、これは、兵庫県下では値上げに応じられないというのが業界の意見であるという債務者の認識とは必ずしも一致するものではなく、現に京都府、秋田県、山梨県等のように値上げをしているところもあり(<証拠略>)、また、和歌山県のように保安業務存続のため経営努力をしているところも存在する(<証拠略>)。

これによれば、当時、兵庫県において、調査料値上げの余地が全くなかったということはできない。

(三) 右(一)、(二)の各事実を総合すれば、平成八年八月当時、債権者らが従事する保安業務は恒常的な赤字体質を有しており、右体質は、その当時の体制を維持する限り改善されないものであったと認められるので、債務者が、当時、保安業務を廃止せざるをえない状況下にある、仮に保安業務を縮小しても、早晩かかる状況下に陥るであろうと認識したことに合理性がないとはいえない。

しかしながら、保安業務のかかる状況は平成五年度から続いていたのであるから、この時期に一気に右業務を全面的に廃止するというのはいささか性急にすぎる感を禁じ得ない。加えて、前記第二の一1で判示したとおり、保安業務の廃止は、債権者ら調査員を始め支所従業員の退職(退職に応じなければ解雇)に直結する重大な事項であったのであるから、保安業務を廃止するに当たっては、事前に全従業員を対象とした配置転換・希望退職・整理解雇等の人員整理案を一定の基準を示して提案するなどして、これを全面的に廃止することだけは回避すべきであったと解するのが相当である。

もっとも、前記第一の三で認定の事実及び審尋の全趣旨によれば、組合及び分会は、債務者の右提案を真摯に受け止め協議するとは容易に考え難いが、そのときは、債権者らに対する配転命令を発し(前記第二の一2(一)(7)で認定の北摂阪神支所の保安業務の収支状況等からすれば、右配転命令には合理性があると認められる。)、これが拒絶に対しては、就業規則二九条一号による業務命令違反を理由とする懲戒解雇で対処するとか、あるいはいわゆる整理解雇によって、保安業務を縮小し、その維持・存続を図るべきであったというべきであるところ、全疎明によるも、債務者がかかる手段を講じた形跡はない。

この点につき、債務者は、本件解雇を回避するため、<1>調査料の再値上げの検討、<2>定期昇給率の抑制、<3>退職者不補充による人員削減の努力、<4>応援体制計画推進の努力、<5>LPガス充填所の法定監査業務の受託、<6>宿日直廃止による経費の削減、<7>基本財産の運用財産への一部取崩しの検討、<8>任意退職の促進と退職者に対する再就職・自立営業の斡旋・協力等の手段を講じたと主張する(右主張事実は<証拠略>、審尋の全趣旨により認められる。)が、上記(一)、(二)で認定の事実及び審尋の全趣旨によれば、右<1>ないし<7>は、債務者が経営の一環として、その都度、検討・実施してきた事項であって、本件解雇を回避するためというよりは、むしろ保安業務の廃止を回避するために講じた手段であったというべきものであり、また<8>は、保安業務を廃止することを前提とした事後措置であるところ、右(一)、(二)で認定の事実に照らすと、これらはいずれも保安業務を廃止する合理的な理由となりえないものであるから、右主張事実は、右(三)の認定を左右するものではない。

(四) 以上によれば、債務者が保安業務を全面的に廃止したことに合理性を見いだすことは困難であるといわざるをえない。

3  争点3について

(一) 前記第一の三で認定の事実によれば、本件解雇の端緒は、平成七年六月、債権者らが北摂阪神支所から摂丹支所への配置転換要求を拒否したことにあるが、債務者は、平成八年五月ころまでは保安業務を継続する方向で組合・分会と折衝を続けていたこと、それが同年七月には一転して業務廃止の方向に転換していることが認められる。

右事実によれば、債務者において、右の二か月間に右方向転換を決定付けるだけの重大な事情が発生したと解せざるをえないところ、前記第一の三5、6で認定の事実に審尋の全趣旨を勘案すれば、右重大な事情とは、組合が宿日直手当て(ママ)問題を伊丹労働基準監督署に労働基準法違反として申告し、債務者が同年六月に同監督署から是正勧告を受けたこと、及び右是正勧告に従い約六〇〇〇万円の支出を余儀なくされたことであったと解すのが相当である。

もっとも、前記第二の一2で認定の事実によれば、債務者は、右時点では未だ正式に保安業務の廃止を決定しておらず、全販売事業者を対象にするアンケート調査の結果を待ってこれを決定するとの意向を有していたが、前記第二の一2(二)(4)で認定のとおり、右アンケート調査は、保安業務の廃止を左右するようなものではなかったことに鑑みると、右認定を左右するものではない。

(三)(ママ) 右(一)の事実に前記第一の三で認定した債権者らの組合加入・分会結成、その後の一連の組合活動、債務者に対する矢継ぎ早にされた諸要求などを勘案すると、本件解雇は、債務者が債権者らの組合活動を嫌悪するが故に行った不当労働行為であると解するのが相当である。

二  保全の必要性

1  上記説示によれば、債権者らは、いずれも依然として債務者の従業員たる地位を有するところ、債務者から毎月二〇日に一か月分の賃金の支払を受けており、本件解雇前の二ないし三か月間に支給された月額平均賃金額は、別紙平均賃金表記載のとおり、債権者福富において二八万六一二九円、同水谷において三一万五九八二円、同山下において二九万五二七三円、同竹志において二八万五五九八円、同加藤において二八万一九八二円であった(争いがない。)。

2  債権者らは、現在、それぞれ失業保険の受給、僅かのアルバイト収入などで生活をしているが、右収入のみでは到底その家族の生計を維持するに足りないことが認められる(<証拠略>、審尋の全趣旨)から、本案判決の確定を待っていては償うことのできない損害を被るおそれがあり、賃金の仮払の必要性が認められる。

第四(ママ)結び

以上によれば、債権者らの本件申立てはいずれも理由があるので、民事保全法七条、民訴法六一条により主文のとおり決定する。

(裁判官 最上侃二)

《別紙》 平均賃金表

<省略>

ただし、債権者水谷は平成八年一一月から同九年一月までの三か月分の、その余の債権者らはいずれも平成九年一、二月分の平均賃金額である。

《別紙》 保安業務収支表

<省略>

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